ヨーロッパの医療用具規制事情                    国立衛生試験所 中村 晃忠 (生体材料、12,39−42(1994)より) 1.はじめに  医薬品や医療用具の許認可や品質確保体制(全体を規制体制と仮に呼ぶ)は、各国・地 域によって歴史的、技術的、産業的、社会的背景をふまえた違いがある。これは当然のこ とであって、それらの製造や流通が1国・地域に限られた場合には、なんらの問題もない。 しかし、近年、特に冷戦終結以後、産業のあらゆる面で国境はなきに等しいかの如くであ る。それに伴って、規制や基準、試験法の国際調和が必要になり、あらゆる国際機関ある いは学会、さらには個人的な繋がりを利用して、の調和への試みが活発化している。特に、 ヨーロッパではEC統合をきっかけにして、従来はなかった医療用具の規制体制を作り上 げつつある。それは、まちがいなく日本や米国の規制体制にも大きな影響をあたえるもの で、事実、与えつつある。そのすべてを解説する能力はないが、知り得た範囲で重要と思 われる点を概説したい。以後の記述は私の狭い経験と勉強から得たきわめて独断的なもの であるので、どうかそのつもりで読んでいただきたい。 2.ISO 9000シリーズ  ISO 9000という語は、PL(製造物責任)と共にすべての産業の合い言葉の一つとな ると思われる。ECの医療用具規制体制は、このISO 9000を根幹に位置づけている。  ISO 9000シリーズは、国際的に品質保証基準を統一化する目的でISO(国際標準化機構) /TC176(第176 技術委員会)が1987年にまとめたものであり、その根幹は、「ISO 9001-1:1987 品質保証システム - 設計、開発、製造、据えつけ、および付帯サービスに おける品質保証モデル」にある。欧州規格(EN)のEN29001 はこれを欧州規格として採 用したものである。これを医療用具に一般的に適用できるようにし、さらに、異なる分野 の用具に適用するための指針が作られつつある。以上を表1にまとめた。 昨年の11月に、東京で第4回グローバル医療機器会議が開催された。この会議は米国 の医療用具工業会(HIMA)の主導で始まった、日・米・欧・加・豪などの医療用具を巡る 環境の相互理解と調和を目的としたものであるが、今回の目玉は品質保証体系の調和であ った。3極+2の官民による作業班によって、品質保証体系の、EN46001 を基本とした 整合化が話し合われた。  従来の日本の医療用具GMPは、認可・承認された医療用具の製造所における品質保証 を規定するものであったのに対し、EN 46001は設計・開発から、製造、据えつけ、付帯 サービスまでのすべてを包含しており、今後、国内的には特に許認可体制との整合性を明 確にする必要に迫られる、と思われる。 表1 品質保証システムに関する欧州規格 ──────────────────────────────────── EN 46001:1993: Quality Systems - Medical Devices - Particular Requirements for the Application of EN 29001 prEN 724:1992: Guidance on the application of EN 29001/EN 46001 and EN 29002/EN 46002 for non-active medical devices prEN 928:1991: Guidance on the application of EN 29001/EN 46001 and EN 29002/EN 46002 for in-vitro diagnostic industry prEN 50103:1992: Guidance on the application of ISO 9001/EN 46001 and ISO 9002/EN 46002 for the active medical device industry ────────────────────────────────────     non-active medical device: 動力源を持たない医療用具     active medical device: 動力源を持つ医療用具(例:ペースメーカー)     in-vitro diagnostic device:体外診断機器 ───────────────────────────────────── 2.1 品質保証に関する「グローバル会議作業班原案」  「グローバル会議作業班原案」の重要と思われる部分、特に設計管理の部分を重点的に 以下に示す。  4.2 品質保証体制(quality system)  用具マスターファイル(device master file)には、以下の事項を記載:     ・原材料、ラベル、包装材料、半製品および完成品の仕様     ・図面、ソフトウエア・デザインの仕様、ソースコード     ・作業指示書、製造方法、環境仕様     ・滅菌プロセスの詳細     ・検査方法と合否判定基準     ・設計検証(design verification)の記録 ・製造工程検認(process validation)の記録  4.4 設計管理  4.4.2 設計および開発計画    計画には以下の事項が含まれる:     ・作業スケジュール     ・設計検証活動     ・製品デザインの安全性、性能および信頼性を評価するための計画     ・製品の測定、試験および合否判定基準のための計画     ・責任の所在  4.4.3 設計に必要な事項(性能、機能、標記、環境、安全性、品質保証、および 規制事項)を定義し、周辺情報を含めて検討し、設計書に記録する。これらの記載はでき る限り定量的に行うこと。  4.4.4.1 設計段階から製造段階への移行    設計から製造へ移管する際、仕様書、手順を審査し承認する。    仕様書、方法、手順の妥当性をプロセスバリデーションを通じて検証する。   この立証には、完成品を実際または模擬的な使用条件下で試験することも含    む。本格的な製造工程の妥当性は、「量産試作品」を製造し、それを試験し    て判断する。  4.4.5 設計の検証(design verification)    ISO 9000は、設計の検証に次の4つのやり方をあげている:設計審査;認定    試験;別法による計算;証明済みの設計との比較。ある種の製品では、権限    ある外部組織による設計審査および/または型式試験(type testing)が法    規上の要求事項となっている。設計審査は以下の設問に即して実施する。     ー 設計は仕様を満足しているか。     ー 製品設計および加工能力は適切か。     ー 安全性への考慮はされているか。     ー 設計は機能的、操作的な要求に合致するか:機能および信頼性。     ー 適切な材料や設備が選ばれているか。     ー 材料、部品、消耗品(service elements)の適合性は適切か。     ー 考えられる環境や負荷条件下に設計は十分か。     ー 部品や消耗品は規格化され、取り替え可能になっているか。     ー 設計を履行する計画は技術的に妥当か。     ー 等     いったん、設計を実物化したら、その安全性、性能、信頼性を模擬的な使    用条件下で試験して検証すること。検証には、物理的、化学的、インビトロ    およびインビボ生物試験が含まれる。   臨床評価が設計検証活動の一部として必要となることがある。医療機器の    臨床調査の遂行は、適当な法規/基準に従うべきである。  特に、最後の項(4.4.5 design verification) は現行の医療用具承認審査と内容的には変わ らない。それをどんな機関が、どのような根拠で、どのように実施するかが日、米、欧で 異なってくる、と思われる。  3.医療用具に関する3つのEC指令(EC Directive)  EC域内の医療用具の規制体制は、次の3つのEC指令に基づいて行われる。 a) Council Directive 90/385/EEC: concerning Active Implantable Medical Devices (1993.1.1に発効) b) Council Directive 93/42/EEC: concerning Medical Devices(1995.1.1発効) c) Draft Proposal for a Council Directive on in vitro Diagnostic Medical Devices: Brussels, April 1993. 以下、指令b)にそって説明する。基本的な骨格は以下のように要約できる。指令a)お よびc)も類似の構造を持っているが、その特殊性にあわせた違いがある。  ア)医療用具は「基本要件」(essential requirements)を充たさねばならない。 イ)これを充たしたものにCEマークをつける。CEマークのついた医療用具は    EC域内に自由に販売・流通できる。  ウ)医療用具をクラスI, IIa, IIb, IIIに分類する。  エ)認証(CEマークの可否)評価過程には次のようなプロセスがあり、ウ)の分    類によって過程(規制体制)が異なる。 i) Full quality assurance: 付属書IIに記載(概要は以下の通り)。     製造者は品質保証システム(quality system)を持つこと;Notified body     はそのシステムを査察すること;notified body が用具の設計審査を行い、     承認すること;notified body が承認された品質保証システムを継続的に 監視(surveillance)すること。   ii) Type examination: 付属書III に記載。 notified body が、製品の代表サンプルを用いてのテストも含めて、指令     の関係条項を満足するかどうかを確認する行為(主に、書類に記載された     データなどよる判断:risk analysis や臨床データ等を含む)。 iii) Verification: 付属書IVに記載。     製造者が、ラインで製造される用具がtype examinationによる認証時に使     われた代表サンプルと一致するように製造すること;notified body は、     それを試験によって確認すること;試験はバッチ毎にランダムサンプリン     グによって行う。   iv) Production quality assurance: 付属書V に記載。     製造者が認証時に記載した品質保証システムを持つこと;notified body     は、その品質保証システムを継続的に監視すること。 v) Product quality assurance:付属書viに記載。     製品がtype examination時の代表サンプルと同等であることを品質保証シ     ステムによって確かめ、陳述する;品質保証システムをnotified body に     届け出る;notified body は、そのシステムを査察・定期的に監視する。   vi) 付属書vii に記載の技術文書を作成し、保存し、提供できること。     技術文書には、デザイン、risk analysis 、規格・基準、などを含む。    オ)クラスIII に該当する医療用具の場合は、i) full quality assuranceか、ii) のtype examination とiii)またはiv) を組み合わせた規制体制をとる。   カ)クラスIIa に該当する医療用具の場合は、vi) に加えてiii), iv), v)のいずれかを組 み合わせた規制体制をとる。   キ)クラスIIb に該当する医療用具の場合は、i)の過程によるか、ii) に加えてiii, iv, v) のいずれかを組み合わせた規制体制をとる。 ク)クラスI に該当する医療用具の場合は、vii)による規制体制をとる。 4.基本要件(Essential requirements )    「基本要件」を充たすことが、ECでの医療用具製造・販売の第1の必須条件であるが、 基本要件とはなにか。Council Directive 93/42/EEC には、付属書1に以下のように規定さ れている: 付属書1 基本要件  I.一般的要件  1. 意図された用途と使用状況下で、治療条件、患者の安全、および使用者、必要な場 合はその他の人間の安全を損なうことがないように、設計され製造されねばならない。ま た、患者の利益と比べた時にリスクは受容されるものでなければならず、健康と安全の高 レベルでの保護に適合するものでなければならない。 2. 医療用具の設計及び製造は、一般的に認識された最新の知識を考慮した安全原則に よって認証されねばならない。以下の原則が上からの順番で重要である:  ー リスクをできるだけ除き、軽減すること(safe design and construction)。 ー リスクを除去できない場合は、警告も含めて適切な保護対策をとること。  ー 保護対策の不足で残されたリスクを使用者にしらせること。  3. 医療用具は、製造者によって意図された機能を発揮すること。  4. 通常の使用状況下で起こりうる負荷(stresses)の下で医療用具を働かせたとき、そ の用具の寿命の間に性質や性能が悪化して、治療条件や患者(必要なら他の人も)の安全 を損なうものであってはならない。 5. 取り扱い指示の通りに扱ったとき、輸送や貯蔵の期間に性質や性能が悪化しないよ うに、設計され、製造され、包装されねばならない。  6. 意図された性能と比べて受容できないようなリスクのある、いかなる望ましくない 副作用もあってはならない。 II. 設計および製造に関する要件(詳細は省略)  ・化学的、物理的、生物学的性質 ・感染および微生物汚染  ・製造および環境的性質  ・測定能のある場合  ・被曝からの保護   など 5.基準および標準試験法の調和  以上のように、基本要件を充たしているかどうか、基準にあっているかどうか、あるい は品質保証システムの適合性はnotified body によって判断されるが、それらの判断(評価) の基準や試験方法が異なれば判断も異なってしまう。それで、ECでは基準や試験方法の 調和をはかる必要に迫られている。それらの規格・基準・試験方法はヨーロッパ規格 (CEN)に統一するべく、現在、あらゆる領域で精力的な作業が行われている。また、こ の作業をEC域内にとどめず、国際標準化機構(ISO) も利用して、世界共通のものにし ようとする勢いである。また、ISO規格・試験方法をCENの規格・試験方法とするこ ととされている。以下に、ISOのいくつかの技術委員会(TC)の課題とECの医療用 具規制との関係を記す。  TC194:「医療用具の生物学的評価」を課題とする。医療用具全般に共通な課題を扱う 委員会で、接触部位や使用期間による医療用具の分類と、それを基にした生物試験項目の 選択基準を確定した。また、臨床治験を妥当に行うための組織的、倫理的規定を審議中で ある。さらに、種々の生物試験方法を標準化する作業を行っている。これらは、設計評価 (design examination)の過程で生物学的安全性に関する条件(仕様)の適否を判定するた めに用いる基準・試験方法と位置づけられる。  TC198:「滅菌」を課題とする。同じく医療用具全般にわたる課題を扱う委員会である。 滅菌済み医療用具においては、ただしく滅菌が行われたかどうか、滅菌条件は妥当かを確 認することはきわめて重要である。また、無菌性保証の方法を規定する必要がある。設計 評価過程における滅菌条件の妥当性評価と、製造段階での品質保証における無菌性保証の 基本を提供する。  TC150:「外科用インプラント」用具に関する諸基準を課題とする。透析器や人工肺、 ペースメーカー、人工弁、人工血管、人工関節などが含まれる。これらの個別の規格のみ ならず、TC194 でカバーできない特殊な生物試験や、不具合があって摘出したものの検 査・解析手順なども審議されている。また、最近では「インプラント用具の基本要件 (fundamental requirements)の議論が始まった。この件は、すでにCouncil Directive 90/385/EEC に記述されているessential requirementsを膨らませて、EC以外の国際社会にも敷衍しよう としたものと感じる。  このように、ISO, CENにおける基準作成作業はECの事情を反映して急ピッチで進行 している。その議論の過程では、国の規格の相違、立場の相違(行政/メーカー/使用者 /研究者?)によって衝突がある。早急な完成を求めるために、いきおい無理な妥協や矛 盾が一つの基準の中に押し込まれることが多い。例えば、全く感度の違う試験方法が順序 をつけずに列記されたりする。もし、順序をつけようとすると収拾がつかなくなるからで ある。しかし、感度の悪い方法で試験した結果で安全だとする設計評価の結論を、はたし てEC諸国はどこも黙って受け入れるのだろうか。この点をいつか彼らに質してみたいと 思っている。こんな矛盾や困難があるにしても、着実に形にしてゆく熱意、力、組織力、 粘りは見習うべきものがある。