ラテックスアレルギーと植物の生体防御蛋白質


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 80年代後半から天然ゴム製品に対する即時型アレルギー反応が各国で報告され始め、ラテックスアレルギーと呼ばれるようになりました[1]。原因となる天然ゴム製品は、各種の医療用具から歯科材料・日用品と、非常に多岐に渡っています。このアレルギー反応のハイリスクグループは天然ゴム製品に接触する機会が多い人であり、特に職業的に天然ゴム製手袋を常用する医師や看護師では、5〜15%の人がIgE抗体陽性であるとも報告されています。さらに、ゴム手袋に塗布されているパウダーやゴムタイヤの磨耗紛がラテックス抗原を伴って飛散していることから、こうした微粒子の吸入が重要な曝露経路の一つであると指摘されています。アレルギー症状としては接触じんま疹など比較的軽いものが多いのですが、全身性じんま疹やアナフィラキシーショックに発展する場合もあり、アメリカでは死亡例が報告されています。このアレルギーの原因となる物質の究明が各国で進められた結果、製造原料であるゴムの木の樹液(ラテックス)に含まれる複数の蛋白質及びそれらの変化体が最終製品にまで残存し、アレルゲンとして作用することが明らかにされました。しかし、個々のアレルゲン蛋白の性質や生理的な役割については、未だ十分に解明されているとは言えません。

 ラテックスアレルギーの注目点として、患者が天然ゴム製品のみならず、果物野菜穀類といった植物性食品や花粉・薬草に対してもしばしば即時型アレルギー反応を経験することが挙げられます。この現象は特に、ラテックス-フルーツ症候群と呼ばれています。ラテックス-フルーツ症候群は花粉症に伴う一連の食物アレルギー(花粉-食物アレルギー症候群)と類似している点が多く、食物アレルギーの原因としては有名ではないような幅広い植物性食品が反応を誘発します。症状としては、新鮮な果物や野菜を食した際に出現する、口腔・咽頭を中心としたアレルギー反応(口腔アレルギー症候群Oral Allergy Syndrome: OAS)が特徴的です。しかし、ラテックス-フルーツ症候群に関しては、OASにとどまらず、全身性じんま疹やアナフィラキシーショックに発展した症例も多く報告されています。こうした症候群でみられる幅広い交差反応性は、動植物細胞に普遍的に誘導されるような蛋白質抗原がIgE抗体に対する共通エピトープを提供した際に出現すると理解されています[2-4]。しかし、ラテックス-フルーツ症候群では原因となる植物が分類学的にはそれほど近縁種ではないため、交差反応性抗原に対する具体的な説明はなされていませんでした。

ラテックスアレルゲンおよび交差反応性植物アレルゲンとしての生体防御蛋白質  国立医薬品食品衛生研究所療品部では、天然ゴム製品の安全性試験や患者診断法の確立に不可欠な、ラテックスアレルゲンに関する研究を進めています。この研究を開始するにあたっては、患者が様々な植物性食品に対して交差反応性を示すという特徴に着目しました。そして、ストレスの加わった植物に誘導される抵抗性蛋白質群には種によらない一定の構造類似性があると報告されていることを考え合わせ、「植物の生体防御蛋白質群がラテックスアレルゲンであり、交差反応性抗原である」という仮説を立てました()。農園で栽培されているゴムの木は、傷付けや植物ホルモンの適用等、様々なストレスを受けていることから、生体防御に寄与するような蛋白質群を多量に誘導しているのではないかと推測されます。私達はこの仮説の検証を通し、幾つかのラテックス抗原を特定すると共に、幅広い交差反応性に植物の生体防御蛋白質群が関与していることを実証してきました[5-23]。ラテックスアレルギーは、パウダー付き手袋の使用をやめる(重要な感作・誘発ルートの一つはアレルゲンの吸入)など、適切な対応により予防することができる疾患であると認識されています。これ以上患者数を増やさないためにも、まず正確な知識の普及が必要であると思われます。


参考文献

[1] 赤澤 晃: ラテックスアレルギー, カレントテラピー, 17, No.3, 104-108 (1999).

[2] 池澤善郎 編: 特集 Oral allergy syndrome, アレルギー・免疫, Vol.8, No.8, 医薬ジャーナル社 (2001). ISSN 1344-6932

[3] 大砂博之, 池澤善郎: ラテックスアレルギーとフルーツアレルギー, 現代医療, 31, 増刊III, 2186-2197 (1999).

[4] 堀川達弥, 尾藤利憲, 原田 晋, 足立厚子, 高島 務, 市橋正光: 食物アレルギーの交叉性, 皮膚, 41, 409-418 (1999).

[5] 矢上 健, 佐藤道夫, 中村晃忠: ラテックス製ゴム手袋から溶出する蛋白質の比色定量, 衛生試験所報告, 111, 84-87 (1993).

[6] 矢上 健, 中村晃忠: ラテックスアレルギーと植物の生体防御蛋白質, "The 3rd Symposium of Asthma in Tokyo", 飯倉洋治, 伊藤孝治(監修), ライフサイエンス出版, 東京, pp. 17-28 (1996). ISBN 4-89775-105-5 C3047

[7] 矢上 健: 植物のストレス誘導性蛋白質とラテックスアレルギー, 日本ラテックスアレルギー研究会会誌, Vol.1, No.1, 38-41 (1997).

[8] 矢上 健, 配島由二, 中村晃忠, 小宮山忠純, 北川幸己: ベータ-1,3-グルカナーゼ活性を有するラテックス抗原(Hev b 2)の糖鎖部分の役割, 日本ラテックスアレルギー研究会会誌, Vol.1, No.2, 67-71 (1997).

[9] 矢上 健: ラテックスアレルゲンとしての植物の生体防御蛋白質, 国立医薬品食品衛生研究所報告, 116, 46-62 (1998).

[10] 矢上 健, 配島由二, 中村晃忠: ラテックス蛋白質の人工胃液中における安定性, 日本ラテックスアレルギー研究会会誌, Vol.2, No.1, 97-101 (1998).

[11] 矢上 健: ラテックスアレルギーの基礎, アレルギーの臨床, 19, 749-753 (1999).

[12] 矢上 健: ラテックスアレルギーと生体防御蛋白質: 食物抗原との交叉反応性, LiSA (麻酔を核とした総合誌[リサ]), 6, 746-750 (1999).

[13] 矢上 健: 植物に由来する交差反応性抗原, 日本ラテックスアレルギー研究会会誌, Vol.3, No.1, 49-56 (1999).

[14] 矢上 健, 中村晃忠: 知られざるラテックスアレルギー -交叉反応性アレルゲンとは何か?-, ファルマシア, 36, 217-221 (2000).

[15] 矢上 健: ラテックス-果物症候群と花粉症に伴う口腔アレルギー症候群との類似点, アレルギーの臨床, 20, 854-860 (2000).

[16] 矢上 健: ラテックスアレルギーやOASに関わる交叉反応性抗原, 日本ラテックスアレルギー研究会会誌, Vol.4, No.1, 102-107 (2000).

[17] 矢上 健: アレルゲンに関する研究の推進を, 治療学, 35, 479 (2001).

[18] 矢上 健: アレルゲンの交叉反応性とClass 2 Food Allergy, 日本ラテックスアレルギー研究会会誌, Vol.6, No.1, 6-11 (2002).

[19] 矢上 健: シンポジウム; 見逃しやすいアレルギー疾患「ラテックスアレルギー」, Nikkei Medical 2003年8月号, Vol.32, No.8, 通巻429号, pp.123-126 (2003).

[20] 矢上 健: 天然ゴム製品のアレルゲン性試験, 医療材料・医療機器の安全性と生体適合性", 土屋利江(編集), 第1章第2項, シーエムシー出版, 東京, pp. 7-11 (2003). ISBN4-88231-417-7 C3047

[21] 矢上 健, `島由二, 土屋利江, 冨高晶子, 加野尚生, 松永佳世子: プロテオミクスの手法を用いたラテックスアレルゲンの解析, 日本ラテックスアレルギー研究会会誌, Vol.7, No.1, 38-43 (2003).

[22] 矢上 健: ラテックスアレルギーとラテックスアレルゲン, 日本薬剤師会雑誌, 56, 197-201 (2004).

[23] 矢上 健: OASに関与する交差反応性抗原の特徴, 医学のあゆみ, 209, No.3, 143-146 (2004).

[24] 矢上晶子, 加野尚生, 松永佳世子, 矢上 健, `島由二, 土屋利江: 国内の天然ゴム製品から溶出する主要なアレルゲン蛋白は何か?, 日本ラテックスアレルギー研究会会誌, Vol.8, No.1, 46-51 (2004).

[25] 矢上 健, 矢上晶子, 松永佳世子: ラテックス蛋白のアレルゲノミクス, アレルギーの臨床, 25, 306-311 (2005).

[26] 矢上晶子, 松永佳世子, 矢上 健: クラス2食物アレルギーとしてのラテックス-フルーツ症候群, アレルギーの臨床, 25, 312-317 (2005).

[27] 矢上晶子, 矢上 健, 松永佳世子: 特集−食物アレルギーの実態と対応−口腔アレルギー症候群とラテックス・フルーツ症候群, アレルギー科, 19, 311-319 (2005).

[28] 矢上晶子, 矢上 健, 松永佳世子: 臨床免疫学(下)−基礎研究の進歩と最新の臨床−, 臨床編IV. アレルギーの臨床免疫学, ラテックスアレルギー, 日本臨牀, 63 (Suppl. 5), 173-178 (2005).



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