国際標準化機構・第194技術委員会(ISO/TC194)ヨーク会議報告
国立衛生試験所 中村晃忠
1.場所および期間:ヨーク(英国);1997.4.21 - 4.25
2.参加国および人数:15ヶ国,約80人
3.日本からの参加者:中村晃忠(国立衛生試験所)、田中憲穂(食品薬品安全 センタ
ー)、野尻知里(テルモ)、黒澤 努(大阪大学医学部)、山中昭夫(神戸海星病院)、岸
田昌夫(鹿児島大学工学部)
4.議事内容
個々のWGの作業内容はそれぞれのWGの議事録に譲り、我々がこの会議で力点を置い
た点について重点的に報告する。
4.1 WG15: Strategic approach to biological assessment
このWGは昨年のストックホルム会議で新設することが決まったものである。
医療用具の承認・認証制度の中における生物学的安全性評価(試験方法や評価基準)の国
際調和がISO/TC194 の目的であり、1989年以来、ISO 10993 シリーズを作成・出版して
きたが、地域間あるいは産業・規制官庁間の認識の溝は埋まったとは言えず、また、試験
法はあっても評価基準はない、等のいくつもの課題が残っている。それを解決して行くに
は従来と違ったアプローチが必要という、議長W. Mueller-Lierheim (Germanay)の強い意向
が反映したWGである。WG-convener は3地域から一人ずつ(B. Page/USA; B. Krug/EU;
A. Nakamura/JPN)出すという異例の構成にもそれが現れている。事務局はオランダ標準部
(NNI) が受け持つことになった。
昨年10月初めにアーリントン(米国)で開催された別のTC (TC198)と同時開催の形で
予備会議が持たれた。しかし、この会議に一人のcopnvener (B. Krug) は出席できず、また、
通常のTC194 メンバーが少なく米国参加者が半分以上という状態の会議で、とりあえず
WG15のScope と最初の作業課題として"process map:各地域での生物学的安全性評価の
意志決定の流れ”をレビューすることを決めたが、そのスコープもTC194 の全体会議の
承認を得ていない、という中途半端な状態にあった。
今回、WG15会議は21日の午前・午後の2コマが予定されていた。ところが、不運な
ことに、またもや議長(W. Mueller-Lierheim)と co-convener(B. Krug)が21日にECの会議
に出席せねばならなくなり、欠席することになってしまった。3月終わり頃から会議の寸
前まで、議長、conveners、NNIの間でやりとりがあり、その結果、20日夕にB. Page,
A. Nakamura, NNI で進行方針を相談する事にした。
20日の結論は以下の通りである。21日はprocess map を含めた議論の中から様々な課
題を抽出することのみとし、方針は22日早朝に議長とconvener全員、事務局のそろっ
たところで決定する。
21日:各セクターの意志決定フローが次の者から説明された。R. Kammula
(USA/FDA), J. Tinkler(UK/MDA), A. Nakamura(JPN/NIHS), D. Gibbons(USA/3M),
A. Sawyer(USA/Cordis)。 なんと出席者は35人を超えるという盛況であった。質疑を含
めてさまざまな意見が出たが、制度的な違いを強調するよりも、評価に携わる専門家の判
断の背景や流れ、基礎となる認識などを共有することが大切だ、という雰囲気が醸成され、
22日朝の代表者会議でペーパーをまとめ、それを全体会議に諮ることで了承された。
22日:初めてB. Krug を含めた全員がそろった。ここでは、WG15の目的と性格付け
を議論した。その結果、以下のDraft Scope ができあがった。また、今までに挙がってき
た,「課題のリスト」を添付して、理解を助け、さらにコメ
ントを求めることとした。
Draft Scope: Promote internationally uniform application of the
standards for PRECLINICAL BIOLOGICAL SAFETY ASSESSMENT per product group,
by manufacturers, authorities, and third parties, in order to minimize
the amount of testing needed, and optimize the biological safety evaluation, by
ensuring:
# a common understanding of the biological risk evaluation and management procedure;
# applicability of tests;
# inclusion of relevant tests;
# differentiation of product type/categories related to the risk evaluation procedure.
It is not the intention of the working group to formulate work items.
The working group will provide guidance and advice to TC194.
23日:午前の全体会議。上記の方針が討議され、およその合意を得た。会期中に更に
各WGでも課題抽出などについて議論してくれるよう要請し、最終日の全体会議で再び
議論することとした。
25日:午後の全体会議。ほとんど修正なしに、scope が承認された。また、課題募集
の一つとして、WG15代表が「immunotoxicity issues に関する質問」を整理して提出し、
意見を求めることとした。
これらのコメント募集や代表者間のコミュニケーションに、E-mail, Mailing List(ML),
TC194 Home Page(おそらく大阪大学で試行) を利用することになった。 以上のように
して、WG15の性格と役割が少し明らかとなったといえる。今までのTC194 の構成では、
新しい提案や発想、不満表明などは"new work item proposal"という形で、すぐに新しいス
タンダードの作成を行うか、既存基準の改訂か、しか道はなかったのが、新しいアプロー
チをとれることになった。このWGの特徴はscope の最後の2行にある。すなわち、いろ
いろな課題を総合的に把握し、現実的に可能な課題の優先順位を決めていくことで、国際
調和の実をあげるのである。これからの活動次第で、かなり重要な役割を担うことになる
であろう。
4.2 WG5:Cytotoxicity TestおよびWG12:Sample Preparation and Reference Materials
両WGにおいて、日本のガイドラインに規定し標準化し、市販している細胞毒性試験
用の標準材料(陰性対照、陽性対照)の考えと品質保証体制などを説明し、これらを使っ
た国際共同実験を実施するよう提案した。紆余曲折はあったが、(1)現在改訂中のISO/CD
10993-5中に日本のガイドラインの標準材料を記述すること、(2) 新しいラウンドロビン
・テストを田中憲穂がリーダーとなって実施すること、を決定した。また、WG12では生
物学的試験における標準材料の基本要件を整理することが決定され、その一部が討議され
た。その中の一つに、供給源の持続性が重要であることが繰り返し話題に上り、日本の品
質保証と持続的供給の可能性を確認させられた。大丈夫と答えた。おそらく、どこにも持
続的供給可能な標準材料はないのが現状であろう。
我々のこれまでの実績が認められた、といえる。
4.3 WG8: Irritation and Sensitization
スエーデンから感作性試験の試験方法を変えること等が提案されており、その提案が議
論された。医用材料の感作性試験の場合の問題は、試験方法より抽出法を含む前処理にあ
る、というのが我々の立場であった。また、Maximization test は混合物を試験するにも有
効である、と反論した。スエーデンからの提案の基には、無駄な動物実験を避ける、とい
う思想がある。この立場から、tier approach をとって本格的な動物実験へ進める率を減ら
そうと考えている。このアプローチには、成分情報、化学分析、local lymph node assayや
mouse ear swlling testなどを構造的に組み合わせていくことが含まれる。この基本は間違
いではない。しかし、そのtier approach の妥当性をこれから考えていく必要がある。また、
試験結果の解釈も重要である。その点で日本のガイドラインの論理が改訂案審議に影響を
与えることができる。
種々の議論の末、根本的にISO 10993-10を改訂することに合意した。また、上の議論
を意識して、WGのスコープを次のように修正した。特に(c) が含められた点が重要であ
る。
"This part of ISO 10993 describes an approach to the assessment of devices and their
constituent materials to produce:
(a) irritation and (b) sensitization.
This standard includes:
(a) pre-test consideration; (b) the execution of the test; and
(c) key factors for the interpretation of the results."
また、convenerが英国Mr. M. LiggettからデンマークのProf. K. Andersenに交替した。
これにより、今後は北欧勢の意見を色濃く反映した提案が基調となって改訂作業が進むと
思われる。
4.4 WG9: Effects on Blood
昨年のストックホルム会議で、ISO10993-4の改訂が決定されたが、その手始めとして
ヨーク会議では血液適合性試験に関する"Decision Chart:To Test or Not ToTest"を
作成した(資料1)。これは、昨年WG1で採択したAnnex C:Flow Chart to
Aid in the Systemic Approach to the Biological Evaluation of Medical
Devicesを基にして、WG9用に修正・加筆したものである。このChartを作成するに
あたり、有効且つ必要最小限の試験にとどめ、無駄な試験を省くというのがConvener
はじめ各国のdelegatesに共通する思想として再認識された。これは、voting後Annex
として追加される予定である。
さらに、ISOで定めた5つのカテゴリー:1)Thrombosis, 2)Coagulation,
3)Platelets, 4)Hematology, 5)Immunologyに対し、各デバイス毎に要求される試験
カテゴリーを記載したMatrixを作成した(資料2)。5)のImmunologyに関しては、
ISOで定めたものの、概念としてあまりに広く曖昧であるとの指摘が多く出された。
血液透析等ある特定のデバイスで臨床的に問題とされるののは現状では補体活性化で
あり、このMatrixではImmunologyを使用せず、Complement Systemに特定して扱うこと
とした。ここでも、研究的興味とは袂を分かち、より臨床的意義に重点をおいた決定
であると考えられる。昨年、補体に関するAnnex案が却下されたが、今回の動きも補体
に関してはある特定のデバイスのみに意義があり、これを全てのデバイスに共通の
試験法としないという考え方と一致している。WG9会議中に各国delegatesが思い
つくままに、blood contacting deviceをピックアップし、各デバイス毎に必要と思わ
れる試験を5つの各カテゴリーから選択して暫定的なMatrixを作成した。このMatrix
はWG9メンバーが各国の医師に配布し、広く意見を募ることになった。配布・回収
責任者はRydhog(Swedwn:欧州担当)、Goggins(USA:米国担当)、野尻(日本担当)とし、
7月1日を目処にConvenerのDr GogginsよりMatrixとletterが送られて来る予定であ
る。これらを受け取り次第、ホームページに掲載する予定である。
その他、ISOの内容に関しても来年のワシントン会議に向けて、新しく採択する予定
のDecision ChartとMatrixとの整合性をとるべく改訂作業を進める。その際、各国メ
ンバーとのcommunicationはFaxおよびE-mail双方で行うこととする。
昨年採択したHemolysisに関するDIS10993-4 Annex D:Evaluation of Hemolytic
properties of Medical Devicesは本年7月までに投票を終え、ワシントン会議でその
結果を報告する予定である。
4.5 WG11: Ethylene oxide and other sterilization process residues
すでに、ISO 10993-7:1995は出版済みであるが、この解釈を巡って、まだ規制側と産業
側、地域間でキシミがあるのが現実である。
米国ではFDA とANSI/AAMI が、part 7に規定された許容値を個々の用具中残留値へと
変換する方法(part 7のflow chart化)を議論しているらしく、そのflow chartをannex と
してpart 7に加えようとしている。詳細は省くが、このannex (案)にはいろいろな問題
があると感ずる。最大の問題点は、part 7では基準値はmg/day/patientの単位で表現され
ているのに、それを簡単にmg/device に換えてしまっていることである。
このANSI/AAMI 文書をよく検討してコメントを提出する必要がある。
また、現在日本で行われているEO残留許容値に関する規制緩和議論とも併せて論じる必要がある。
4.6 WG14: Material characterization
第1回目の会合となったWG14はConvenerの提出したDraft Documentに沿って討議が
行われた。このWGの成立過程がよく理解されていないせいか、会議はしばしば細か
な語句の解釈を巡って紛糾し、なかなか前進しなかった。Materialの定義自体も、
原料・中間製品・最終製品のどの段階でどの部分を指すか不明瞭なまま議論が進ん
だ。各国の思惑というよりは、参加者のバックグランド(企業もしくは政府機関)
によって様々な意見が出された。一応の合意をみたDocumentは基本的な方針を決め
ただけであり、評価法については長大なNOTEを付与して対応することになりそうで
ある。近いうちに各国にCirculationされるが、その段階で大幅な変更もあり得ると
考えられる。日本からは中村代表から、あらかじめConvenerに、日本で検討さ
れているMaterial Master Fileの採用が提案されたが、アメリカなどから「実現不可
能」の意見がだされた。Convenerは採用に積極的であり、今後も検討することとな
った。
その他の問題点としては、Materialの定義に対する考え方が偏っていることがあげ
られる。出席者のほとんどがポリマーに関連していたためか、セラミクス、メタル
に関する意見が少なかった。また天然素材や生体由来の材料についてはほとんど関
心が払われていなかった。Characterizationの定義もまちまちで、Functionalityや
Performanceとどこで線を引くのか、などなど先送りされた事項が多い。今後も継続
して議論に参加してゆく必要を感じた。
4.7 その他の注目すべき動き
(a) 急激にインターネットの利用が活発になっている。また、会議やコメント集めにイ
ンターネットを利用しようという発言が当たり前になった。
TC194のホームページを大阪大学医学部に仮に開設し、そこにCEN/TC206などをリンク
することを試みることにした。これもひとつの日本のイニシャチブである。
(b) EU内部では、ヨーロッパ薬局方とCEN の間で基準について対立がある。
例えば、EPの血液バッグの生物試験規定に対するISO 10993 シリーズ、のように。
(c) CEN/latex medical glovesにおいて、蛋白量の限度値を規定しようとする動きがある。
(d) 米国で起こったアセテート膜透析器による眼障害事故は、必ずしもガンマ線滅菌だ
けでなくEO滅菌のものでも起こった。また、セルロースはパルプ由来ではなかった。し
かし、製造から使用までの期間が非常に長く、劣化していた。現在、分子量の変化などを
調べている。FDA は有効期限を設定する意向のようである。